日本は多くの鉱物資源を輸入に頼っており、世界有数の鉱物資源保有国であるカナダは重要な輸入相手国です。両国は鉱業分野で戦略的な協力関係を築いており、この連携は政府間対話から企業間の具体的なプロジェクト提携に至るまで、多岐にわたります。この協力関係は、両国の経済的利益だけでなく、それぞれの資源戦略においても不可欠な役割を担っています。
本記事では、日本政府・企業とカナダの鉱山会社の協力関係の現状と、今後の展望について解説し、技術革新や環境保護など現代的課題への対応も含め、この協力が国際資源戦略に与える影響を考察します。
日本とカナダの鉱業分野における協力は、両国にとって戦略的に重要な意味を持っています。日本は高度な産業基盤を維持するために安定的な鉱物資源の確保が不可欠であり、カナダはその豊富な資源を活用した経済発展を目指しています。
日本にとって、カナダは単なる重要鉱物の安定供給源にとどまりません。先進的な採掘技術や厳格な環境対策におけるパートナーとしても、その存在は極めて重要です。一方、カナダにとって日本は、技術と資本を提供する重要な投資国であり、2023年には日本からの直接投資残高が493億カナダドルに達しています。
さらに、両国の協力は特定国への過度の依存を避け、両国間での戦略的な資源政策の展開を可能にします。環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)を通じた経済関係の強化も、両国の協力をより深化させる要因となっています。このような協力関係は、単なる経済的利益を超えて、気候変動対策や持続可能な資源開発といったグローバルな課題に対する共同対応の基盤ともなり得るのです。
カナダは、鉱業分野で世界をリードする地位を確立しており、その強みは多岐にわたります。カナダは、ニッケル、コバルト、リチウムといった電気自動車(EV)や再生可能エネルギーに不可欠な「重要鉱物」の埋蔵量が豊富であり、世界のサプライチェーンにおいて安定した資源供給を可能にしています。
2022年の統計によると、カナダはニッケルの世界シェア4.3%(生産量世界6位)、コバルトの世界シェア2.5%(生産量世界5位)、金の世界シェア6.1%(生産量世界4位)を占めています。また地理的にも優位性があり、巨大なアメリカ市場に近接するだけでなく、太平洋を挟んで日本を含む極東アジアへのアクセスも良好です。これにより、効率的な資源輸送が実現しています。
さらに、カナダは確立された民主主義国家として政治的に極めて安定しており、投資リスクが低いことも大きな魅力です。鉱業に有利な法制度が整備され、規制は明確かつ透明性が高く、税制面でも優遇措置が講じられていることから、国内外の企業にとって極めて魅力的な投資環境を提供しています。これらの多角的な要因が相まって、カナダは世界有数の鉱業大国としての揺るぎない地位を確立しているのです。
日本とカナダの政府は、鉱業分野での協力を強化するために、戦略的な取り組みを推進しています。ここでは、両国政府の協力の具体的な形と、その重要性について見ていきましょう。
日本とカナダの政府は、資源分野での協力を強化するため、定期的に「日加鉱物資源対話」を開催しています。この対話を通じて、両国は鉱物資源の開発、技術協力、投資促進などについて活発に議論を交わし、具体的な協力案を模索しています。
2023年9月には、日本の西村経済産業大臣がカナダを訪問し、以下の2つの重要な協力覚書(MoC)を締結しました。
1.「バッテリーサプライチェーンに関するMoC」
持続可能で信頼できる世界的なバッテリーサプライチェーンの確立を目指します。重要鉱物の資源探査に日本が資金や技術面で協力し、供給リスクが高まった場合の安定供給に向けた連携を定めています。
2.「産業科学技術に関するMoC」
先端製造、クリーンテクノロジー、ライフサイエンスなどの分野で協力を強化する内容です。特に、日本企業のカナダにおけるバッテリー生産工場建設を支援する条項も含まれており、具体的な産業協力の推進が期待されます。
独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)は、日本の資源安全保障確保のため、カナダ企業との共同探鉱プロジェクトを積極的に推進しています。その一例として、2023年3月には、JOGMECがカナダのFPXニッケル社と共同でニッケルの探鉱を開始しました。
このプロジェクトでは、ブリティッシュコロンビア州のクロウ鉱区における探鉱に対し、JOGMECが3年間で100万カナダドルを拠出し、将来的に60%の権益取得オプションを得るものです。このような取り組みを通じて、JOGMECは日本の産業にとって不可欠な重要鉱物の確保に重要な役割を果たしています。
政府レベルの協力に加え、日本とカナダの企業間でも活発な協力が行われています。ここでは、日本の大手企業がカナダの鉱山会社と提携し、具体的なプロジェクトを進めている事例を紹介します。
三菱商事は、カナダの鉱山開発会社フロンティア・リチウムと合弁会社を設立し、オンタリオ州でのリチウム鉱山開発に参画しています。このプロジェクトは、PAKリチウムプロジェクトと呼ばれ、鉱山と精製プラントを含む開発案件です。2013年に資源のポテンシャルが確認され、その後の探査活動によって順調に資源量が積み増された結果、炭酸リチウム換算で年間約2万トンの生産が20年超にわたって期待されています。
三菱商事は当初、2500万カナダドル(約26億円)を出資し、合弁会社の7.5%の株式を取得して事業に参画。さらに、出資比率を最大25%まで引き上げることができる権利も獲得しています。将来的には2027年頃の生産開始を目指し、年間2万トン(EV約30万台分)の生産を見込んでいます。
このプロジェクトは、電気自動車(EV)の普及を支え、電化の進展やカーボンニュートラル社会への移行に欠かせないリチウムの安定供給に貢献することが期待されています。今後もリチウム需要の急増が見込まれる一方で、供給が追いつかず、中長期的な不足が懸念されています。そうした背景の中で、この事業は課題解決の一助となると見られています。
住友金属鉱山は、カナダのアイアムゴールド社(IAMGOLD Corporation)と共同で「コテ金鉱山開発プロジェクト」を推進しています。2024年3月に金ドーレ(精錬された純金)の生産を開始し、約18年の鉱山寿命で総生産量205トンの金生産を予定しています。
このプロジェクトは、カナダ・オンタリオ州ティミンズ市の南南西約125kmに位置し、IMG社と住友金属鉱山の持ち分比率は60.3対39.7でプロジェクト全体の92.5%の権益を保有しています。
これらの協力事例は、日本企業がカナダの資源開発に積極的に関与し、安定的な資源供給を確保しようとする動きを示しています。同時に、日本の技術と資本がカナダの鉱業発展に貢献する形となっているのです。
日本とカナダの鉱業協力は、両国に多大な利益をもたらしています。ここでは、それぞれの国にとっての具体的なメリットを詳しく見ていきましょう。
日本にとって、カナダとの鉱業協力は多くの利点をもたらします。まず、重要鉱物の供給源を多様化することで、特定の国への依存度を低減し、長期的かつ安定的な供給ルートを確保できます。
次に、カナダの先進的な探査技術や環境配慮型採掘技術を習得することで、日本の技術力向上につながります。さらにこの協力関係を通じて、日本の技術や製品を海外市場に展開する機会も増加します。加えて、カナダという政治的に安定した国との協力は、地政学的リスクを軽減し、特定地域での供給停止リスクを回避することにもつながります。
日本との鉱業協力は、カナダにとっても多くのメリットがあります。日本からの投資によって、既存の鉱山開発が拡大するだけでなく、これまで手がつけられなかった新規プロジェクトにも着手できるようになります。これにより、カナダの鉱業セクターはさらなる成長が見込まれ、技術革新の加速にもつながります。
さらに、日本という信頼性の高い大規模市場との安定的な取引が見込まれることで、カナダ企業はより長期的な視点で事業計画を立てやすくなります。加えて、日本企業との協業によるプロジェクトは、カナダ国内、特に鉱山周辺地域での雇用創出を促し、地域経済の活性化にも貢献します。鉱山開発に伴うインフラ整備や関連産業の成長は、地域全体の持続的な発展を後押しすることに繋がります。
日本とカナダの鉱業協力は多くの利点をもたらす一方で、以下のような課題を抱えています。
これらの課題について、詳しく見ていきましょう。
新興国の急速な経済成長、特に中国を筆頭とする資源需要の増加により、優良な鉱山案件をめぐる国際的な競争は激化の一途を辿っています。ブリティッシュ・コロンビア州をはじめとする環太平洋地域の有望案件に対する競争は激しさを増しており、これは日本企業にとって、魅力的な投資機会の確保を難しくする可能性があります。
カナダの鉱業界では深刻な人材不足が問題となっており、これがプロジェクトの遂行に影響を与える可能性があります。鉱山労働者人口(23万5000人)の高齢化問題も深刻な問題で、今後10年で新たに14万6000人の技術者が必要とされています。この人材不足は、プロジェクトの進行速度や効率性に影響を及ぼしかねません。
先住民との関係構築は、カナダの鉱業プロジェクトにおいて重要かつ複雑な課題です。カナダ国内には全人口の4.2%に相当する約140万人の先住民が居住しており、彼らの権利意識の高まりによって、資源開発プロジェクトの実施はより困難になっています。特に、先住権原が消滅していない地域では、土地所有権や地下鉱物の権利の帰属について疑義が生じる可能性があり、プロジェクトの進行を妨げる要因となっています。
この課題に対処するため、企業と先住民コミュニティとの間で関係協定(影響利益協定や協力協定など)を結ぶ慣行が発展してきました。現在500以上存在するこれらの協定は、単なる補償にとどまらず、先住民の鉱業部門への参加を促進する手段となっています。
例えば、2023年6月にイエローナイブス・ディーン先住民族とカナダ政府が締結したジャイアント鉱山修復プロジェクトに関する調達枠組み協定では、先住民族企業の優先的な契約を定めています。
持続可能な開発への世界的な要求が増加する中、環境に配慮した採掘技術の導入や厳格な環境基準の遵守は、鉱業において最も重要な課題の一つです。特に、気候変動の影響を考慮した水管理システムの設計や、尾鉱(鉱石から有用成分を分離した後の残渣)管理における水理学的検討など、長期的な環境リスクへの対応が求められています。
また、鉱山の操業中だけでなく、閉山後の環境管理も重要な問題です。休廃止鉱山に起因する汚染地域の浄化や、永久凍土融解などのカナダ北部特有の問題に対処する必要があります。
これらの課題に対し、カナダ政府は環境に配慮した採鉱技術の開発や気候変動への適応策の研究を進めています。例えば、北部汚染サイトプログラムでは、ユーコン準州のファロ鉱山跡や北西準州のジャイアント鉱山跡の修復に取り組んでいます。
産業界も、カナダ鉱業協会の「持続可能な鉱業に向けて」イニシアチブなどを通じて対応を進めていますが、技術革新、コスト、規制遵守のバランスを取ることは依然として大きな課題となっています。
日本とカナダの鉱業協力は、両国にとって戦略的に極めて重要です。両国の関係は資源の安定確保、技術革新、経済発展など、多くの利点をもたらす一方で、国際競争の激化や環境問題など、さまざまな課題も存在します。しかし、これらの課題に共同で取り組むことで、より持続可能で効果的な協力関係を築くことができるでしょう。
日加協力の進展は、資源の安定供給と経済成長、環境保護、そして地域社会との共生を同時に達成する、新たな鉱業のあり方を示す可能性を秘めています。両国が互いの強みを最大限に活かしながら、持続可能な鉱業の未来を切り開いていくことが期待されます。
【出典】
The official website of the Government of Canada 日加関係
https://www.international.gc.ca/country-pays/japan-japon/relations.aspx?lang=jpn
JOGMEC カナダ鉱業データ集(2022)
https://mric.jogmec.go.jp/wp-content/uploads/2023/01/trend2022_ca_data.pdf
JETRO ビジネス短信 カナダ、日本とバッテリーサプライチェーン、産業科学技術協力の2つの協力覚書締結
https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/09/28c047341ed52f5f.html
三菱商事 カナダ・PAKリチウムプロジェクトへの新規参画について
https://www.mitsubishicorp.com/jp/ja/pr/archive/2024/html/0000053201.html
住友金属鉱山 コテ金鉱山開発プロジェクトにて生産開始
https://www.smm.co.jp/news/release/uploaded_files/20240401_3_JP.pdf
JOGMEC カナダの鉱業事情について
https://mric.jogmec.go.jp/wp-content/uploads/2018/11/mrseminar2018_05_03.pdf
Mining Association of Canada Mining-Indigenous Relationship Agreements
https://mining.ca/our-focus/indigenous-affairs/mining-indigenous-relationship-agreements/
【免責事項】
本書は情報提供のみを目的としており、事業計画や投資における専門家による財務・法務アドバイスの代替として使用すべきではありません。
本書に含まれる予測が特定の結果や成果につながることを保証するものではなく、記事の内容に基づいて全体的または部分的に行われた投資判断やその他の行動について、当メディアは一切の責任を負いません。