日本の金鉱業は、かつては輝かしい歴史を持っていたものの、第二次世界大戦後は衰退の一途を辿ってきました。しかし近年、カナダの鉱山会社が日本の金鉱に新たな可能性を見出し、探査活動を展開しているのはご存じでしょうか。本記事では、なぜカナダ企業が日本の金鉱に注目しているのか、具体的にどのような活動を行っているのかを紹介します。
日本は金属資源のほとんどを海外からの輸入に頼っています。しかし、カナダの鉱山会社は、この資源輸入国である日本に新たなビジネスチャンスを見出しました。彼らが日本の地下に熱い視線を送る背景には、主に以下の5つの要因が挙げられます。
これらの要因を詳しく見ていきましょう。
かつての日本は、世界でも有数の金鉱大国でした。江戸時代以降、実に2000万オンス以上の金が日本の鉱山から産出されてきた歴史があります。特に注目すべきは、現在も操業を続ける鹿児島県の菱刈金山です。菱刈鉱山は1985年の操業開始以来、約900万オンスの金を生産し、平均品位は30グラム/トンを誇ります。
世界の金鉱山の平均品位が1グラム/トン前後であることを考えると、これは極めて稀有な高品位鉱床といえます。このような豊かな鉱業の歴史と、現在も高品位鉱床が存在するという事実が、カナダ企業を含む海外の鉱山会社の関心を引きつける最大の要因となっています。
日本では第二次世界大戦中に多くの金鉱山が閉鎖され、戦後も探査活動はごく限定的でした。そのため、現代の高度な探査技術が適用されていない地域や、かつての鉱山の周辺部に未発見の鉱床が眠っている可能性が高いのです。
この状況に大きな変化をもたらしたのが、2012年の鉱業法改正です。この法改正により、初めて外国の鉱山会社が日本で探鉱・採掘許可を取得できるようになりました。これにより、最新の地球物理学的探査技術を用いた、新たな金鉱探査の可能性が開かれました。特に、過去に採掘が行われた鉱山の近くや周辺地域で、現代の技術をもってすれば、新たな高品位の金鉱が発見される可能性が高まっているのです。
日本列島の地質学的特徴も、カナダ企業が注目する大きな理由です。日本の金鉱床は主に浅熱水性鉱床と呼ばれ、地熱活動によって形成されたものです。このタイプの鉱床は、しばしば高品位の鉱脈を形成しやすいという特徴があります。
さらに、特定の地球物理学的特徴(例えば、地下の密度変化を示す重力異常など)が金鉱脈の形成と関連していることが確認されており、これを利用した効率的な探査が可能です。そのため、最新の地球物理学的手法を活用し、これらの地質学的特徴を詳細に分析することで、新たな有望鉱床の発見につながる可能性が高まるのではと予想されています。
カナダの鉱山会社が日本に注目する理由の一つに、日本独自の金鉱業モデルがあります。このモデルの特徴は、金を含む鉱石を直接銅の製錬所に送れることです。通常、金鉱山では採掘した鉱石から金を取り出す複雑な処理が必要ですが、日本では銅を作る過程で金鉱石をを効率的に利用できるのです。
具体的には、金を含む鉱石を銅製錬の「フラックス(製錬を助ける材料)」として使用します。これにより、鉱山は大規模な金の専門処理設備を建設する必要がなくなり、開発コストと環境への影響を抑えられます。さらに、銅製錬の副産物として効率的に金が回収できるため、採算性も向上するという優れたシステムなのです。
この効率的なシステムは、日本の金鉱業に国際的な競争力をもたらしています。地理的制約の多い日本において、既存の製錬技術の高度化や環境規制への適応を背景に発展してきたこの独自のモデルは、海外企業、特にカナダの鉱業関係者にとって新たな事業機会として映っています。実際に、日本最大の金鉱山である菱刈鉱山ではこの方式が導入され、高品位鉱石の効率的な回収と環境負荷の軽減を両立させる形で、着実な成功を収めています。こうした実績は、資源開発における日本型モデルの可能性を示す好例と言えるでしょう。
世界各地の鉱山会社は、「政治的不安定」「突然の法改正」「資産の国有化」「汚職」など、多岐にわたるカントリーリスクに直面しています。アフリカ、南米、アジアの一部の国々では、これらの問題が原因で、長期的な事業計画を立てることが困難な状況にあります。
一方、G7メンバーである日本は、政治的・経済的に極めて安定した国と言えるでしょう。法的枠組みが整備され、行政手続きの透明性が高く、政策の予測も立てやすい大規模な事業計画を長期的な視点で立てることが可能です。こういった日本の安定性は、多額の初期投資と長期的な事業期間を要する鉱業にとって、特に魅力的な要素となっています。
このような日本の金鉱への注目を具体的に形にしているのが、カナダの鉱山会社である「アービング・リソース社(Irving Resources Inc.)」です。2015年にバンクーバーで設立された同社は、共同創設者のアキコ・レビンソン氏(CEO)とクイントン・ヘニー博士(技術顧問)のリーダーシップのもと、日本での金鉱探査に特化しています。
アービング社の特徴は、珪素(シリカ)を多く含む高品位の金銀鉱脈を探査・採掘する戦略です。このような鉱石は、日本全国の金属製錬所でフラックス(融剤)として使用でき、シンプルで低コストの鉱山開発が可能になると期待されています。
2016年には100%子会社のアービング・リソース・ジャパン合同会社を設立し、日本での探査活動を本格化させました。同社は地元コミュニティや政府機関との関係構築を重視し、日本の既存の鉱山会社や独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)との協力関係も築いています。
同社の株式はカナダ証券取引所(CSE)とOTCマーケッツ(OTCQX)に上場しており、その主要株主には世界的なメジャー鉱山会社のニューモント(約20%)と日本の総合商社である住友商事(約5%)が名を連ねていることからも、同社の取り組みへの期待の高さが伺えます。
アービング社は、日本全国の有望地域で積極的な探査プロジェクトを展開しています。
・山ヶ野プロジェクト(鹿児島県)
・雄武プロジェクト(北海道)
・能登プロジェクト(石川県)
・その他のプロジェクト(遠軽・薩摩など)
それぞれ詳しく解説します。
山ヶ野金山は江戸時代初期から採掘が行われ、28.4トンの金を産出した歴史ある鉱山です。アービング社は、この地域に高い探鉱ポテンシャルがあると考えています。特に注目されているのが、地球物理学的特徴である重力異常と金鉱脈形成の関連性です。この特徴は近隣の串木野金鉱や菱刈鉱山でも重要な役割を果たしており、新たな鉱脈発見の可能性を示唆しています。
最近の探査活動では、最初のダイヤモンドドリル孔で高品位の金鉱化を発見しました。深度184.0メートルで5.0メートルの間隔で9.62 グラム/トンの金を含む区間を確認し、山ヶ野鉱脈システムの潜在的な延長の可能性を示す重要な成果を得ています。
北海道の雄武(おうむ)町に位置するこのプロジェクトは、2.98平方キロメートルの採掘権と171.38平方キロメートルの探鉱権を有しています。歴史的な大武鉱山と北隆鉱山を含むこの地域で、アービング社は包括的なデータ収集を実施。BLEG法、重力測定、ドローンによる磁気探査、土壌サンプリング、CSAMT調査などを実施して、金の異常値が広範囲に分布していることを確認しています。
最近では、丸山地区での初期ドリルテストや東雄武地区での新たなダイヤモンドドリル孔の掘削など、さらなる探査活動を展開しています。
能登半島で337.37平方キロメートルの探鉱権申請を行っており、4つの対象地域で強い金属異常を確認しています。この地域は地質学的に佐渡島と類似しており、かつて日本最大の金銀山であった佐渡金山との類似性が注目されています。
遠軽(北海道)では84.42平方キロメートル、薩摩(鹿児島県)では54.09平方キロメートルの探鉱権申請を行っています。特に薩摩プロジェクトは山ヶ野と類似の重力異常を示しており、有望視されています。
アービング社は、過去に見過ごされた鉱床を発見し、効率的な探査と採掘を行うため、以下のような最新技術を駆使して探査活動を行っています。
これらの技術を組み合わせることで、アービング社は過去に見過ごされた鉱床を発見し、効率的な探査と採掘を行うことを目指しています。特に、地球物理学的特徴(重力異常など)と金鉱脈形成の関連性に注目し、新たな鉱床の発見に繋げようとしています。
カナダ企業の日本での金鉱探査・採掘活動は、日本の鉱業界に新たな可能性をもたらすかもしれません。この動きは、、特に技術革新と人材育成の観点から注目されています。
まず、最新技術の導入により、これまで採算が取れないとされていた低品位の鉱床や、探査が困難だった深い場所の鉱床の開発が可能になる可能性が高まっています。同時に、既存の鉱床も最新の技術で再評価されることで、新たな価値が見出されつつあります。このような先進技術の適用は、日本の鉱業界全体の技術革新を促進する触媒となるでしょう。カナダ企業が持ち込む最先端の探査・採掘技術は、日本企業にも刺激を与え、業界全体の技術水準向上につながることが期待されます。
さらに、外国企業との協働は日本の鉱業関連人材の育成に寄与しています。長年の国内鉱業の衰退により失われつつあった専門知識や技術を、実際のプロジェクトを通じて若い世代に伝承する機会が生まれています。これは、将来の日本の資源戦略を支える人材の育成にもつながる重、極めて要な要素となるでしょう。
日本の金鉱業は長年停滞してきましたが、その豊かな鉱業の歴史、戦後未探査だった地域の潜在力、独特の地質学的特徴、そして製錬所との連携による効率的なモデル、さらには安定した事業環境といった理由から、カナダの鉱山会社が新たな可能性を見出しています。アービング・リソース社をはじめとするこれらの企業は、最新の探査技術を駆使して日本各地で金鉱探査を進めています。
資源大国カナダの最先端ノウハウを活かしたこの取り組みは、日本の鉱業界に技術革新と人材育成の機会をもたらすと期待されています。今後の課題としては、環境保護や地域社会との共生を重視しつつ、日本の地質的特徴に適した独自の探査・採掘モデルを確立していくことが挙げられます。このような新たな動きが日本の金鉱業に再生の兆しをもたらすのか、その今後の展開が国際的にも注目されるところです。
【出典】
RESOURCE WORLD magazine “Gold Explanation in Japan”
https://www.irvresources.com/assets/docs/ResWor_15-4_irving.pdf
IRVING RESOURCES “High-Grade Gold in Japan”
https://www.irvresources.com/assets/docs/ppt/IRV%20Presentation%20May%202024%20final.pdf
CANADIAN SECURITIES EXCHANGE MAGAZINE “THE MINING ISSUE”
https://irvresources.com/assets/docs/CSE-Magazine-2023-March-Irving-Resources.pdf
IRVING RESOURCES “Omu Project”
https://www.irvresources.com/projects/japan/omu-project
南日本新聞 ゴールドラッシュをもう一度…70年前に閉山した山ケ野金山周辺でカナダ企業がボーリング調査 霧島市
https://373news.com/_news/storyid/191290/
資源エネルギー庁 鉱物資源をめぐる現状と課題
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shigen_nenryo/kogyo/pdf/001_04_00.pdf
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