電気を効率よく伝える銅は、AIや電気自動車(EV)、再生可能エネルギーといった分野を支える重要な素材です。需要は世界的に拡大していますが、日本はそのほぼ全量を海外からの輸入に頼っており、将来的な銅の安定確保が重要視されています。
では、世界の銅供給はどの国や企業が支えているのでしょうか。そして、供給側が抱える課題は日本の調達リスクにどう影響するのか。本記事では、銅の主要な生産国および企業、そして生産者が抱える課題について解説します。
世界の銅生産は、ごく限られた国々が大部分を担っています。最新の生産量ランキング(2024年)は次の通りです。
1位:チリ(530万トン)
2位:コンゴ民主共和国(330万トン)
3位:ペルー (260万トン)
4位:中国(180万トン)
5位:インドネシア(110万トン)
6位:アメリカ(110万トン)
7位:ロシア(93万トン)
8位:オーストラリア(80万トン)
9位:カザフスタン(74万トン)
10:メキシコ(70万トン)
出典:Nasda1 Top 10 Copper Producers by Country
銅は、5カ国で世界全体の約6割以上の銅供給を支えています。では、上位5か国それぞれの生産状況と課題を見ていきましょう。
チリは世界最大の銅生産国であり、国の経済を支える重要な産業となっています。「銅の国」と呼ばれるほど、その存在感は大きく、国内総生産(GDP)の約12%、そのうち銅だけで約9%を占めています。
またチリ国内にはエスコンディーダ鉱山やチュキカマタ鉱山など、世界最大級の銅鉱山が集中しており、その規模の大きさは他国を圧倒しています。日本企業も早くから進出しており、JX金属がエスコンディーダ鉱山の権益を保有するなど、BHP(オーストラリア)、リオ・ティント(英豪)、カナダの鉱山会社とともに重要なプレーヤーとなっています。
近年では、環境への配慮から太陽光発電といった再生可能エネルギーの導入が進んでいます。チリの銅鉱山地帯は世界有数の日照条件に恵まれており、この地理的優位性を活かした取り組みが拡大しています。鉱山の電力源を脱炭素化することで、「環境に優しい銅」の生産を目指す動きが活発化しているのです。
コンゴ民主共和国(DRC)は、ここ15年で驚異的な成長を遂げた新興の銅生産大国です。2009年頃は月産約1万5000トンほどでしたが、2024年には月間約25万トンにまで拡大し、チリに次ぐ世界第2位の生産国へと躍り出ました。この急成長の背景には、世界トップクラスの高品位鉱床という強みがあります。
同国の最大の魅力は、世界でもまれに見る「高品質な銅鉱石」が採れることです。たとえばカモア・カクラ鉱山では、銅の含有量が平均4.58%と、世界平均の約5倍にもなります。これにより、より少ないコストで大量の銅を生産でき、世界市場でも大きな競争力を持っています。
一方で、同国の銅産業は政治的不安定性や透明性の問題、サプライチェーンにおけるサステナビリティ面での課題も抱えています。国内のインフラ不足や汚職問題も指摘されていますが、許認可制度がシンプルで開発スピードを妨げる規制が少ないことも、皮肉にも成長を後押ししている要因です。世界が脱炭素化に向かう中で、同国の高品位銅鉱床の価値はさらに高まっていくでしょう。
ペルーは世界第3位の銅生産国であり、銅は国の主要な輸出品として、貿易額の約3割を占めるほど経済に大きな影響を与えています。なかでも銅鉱山の多くは標高4000メートルを超える山岳地帯に位置しており、過酷な環境下での操業には高度な技術と工夫が求められてきました。
こうした背景のもと、アントアミーナ鉱山やセロ・ベルデ鉱山などは、世界でもトップクラスの低コストと高い生産効率を誇る銅鉱山へと成長しています。また、日本企業もこの分野で存在感を示しており、三井物産やコマツは現地で鉱山機械のサービス事業を展開し、主要鉱山の60%以上で日本製の機械が使われています。
一方で、鉱山開発をめぐっては地域社会との摩擦も続いています。政府は「鉱山キャノン」と呼ばれる制度を通じて、鉱山収入の一部を地域開発に還元していますが、それでも環境保護や水資源の利用に対する懸念は根強く、一部のプロジェクトでは住民の抗議活動により開発が長期間停滞するケースも見られます。今後は、こうした地域との共生をどう実現していくかが、ペルーの鉱山業界にとって大きな課題となるでしょう。
中国は世界最大の銅消費国であり、世界の銅需要のおよそ半分を占める巨大な市場です。国内の銅資源は限られているものの、銅を加工する製錬分野では世界一の規模を誇り、大手国有企業を中心に産業が発展してきました。
こうした背景から、中国は自国で不足する銅資源を補うため、「一帯一路」政策のもと世界各地の銅鉱山への投資を積極的に進めています。特に紫金鉱業や中国五鉱集団といった大手企業は、コンゴ民主共和国やペルーなど主要な産出国で大型プロジェクトに次々と参画し、銅の安定確保を目指しています。国内にも内モンゴル自治区や雲南省などに銅鉱山は存在しますが、採れる鉱石の品質はあまり高くなく、今後も海外からの供給に大きく依存する構造が続くとみられています。
また近年では、中国の製錬業界は急速な設備拡大にともない、原料となる銅鉱石の争奪が激しくなっています。その結果、鉱山側との取引条件が厳しくなり、製錬企業の収益は圧迫されています。また、環境規制の強化を受けて、よりクリーンな製錬技術や自動化の導入も進んでいますが、業界全体としては競争が激しさを増しており、今後は企業の淘汰や再編が進むと予想されます。
インドネシアは豊かな鉱物資源を持つ東南アジア有数の資源国であり、銅の生産量は世界第5位を誇ります。その中心的な役割を担っているのが、パプア州にある世界有数の大規模鉱山、グラスベルグ鉱山です。この鉱山では銅を多く含んだ高品質な鉱石が採掘されており、副産物として大量の金も得られるため、採算性の高い鉱山として世界的に知られています。
この銅山は長年にわたり米国のフリーポート・マクモラン社が主導して操業してきましたが、2018年の協議を経て現在はインドネシア政府が過半数の権益を保有する体制に移行しました。これは、インドネシアが「採った資源をそのまま輸出する」段階から、「国内で加工し、より高い付加価値を生み出す」方向へ産業構造の転換を進めていることが分かります。
一例として、政府は現在、国内で銅の精錬を強化しており、東ジャワ州のグレシック地区で新たな製錬所(Manyar Smelter)の建設が進んでいます。この施設は年間120万トン規模の処理能力を予定しており、完成すれば国内産業の収益力向上にもつながると期待されています。
一方で、グラスベルグ鉱山が位置するパプア州では、地域の安定や先住民との関係づくりといった課題も依然として残っています。今後は資源開発の進展と地域社会との共生をどう両立させていくかが、重要なテーマとなるでしょう。
国レベルでの生産に続いて、企業単位での銅生産量ランキング(2023年)を見ると次の通りです。
1位 Freeport-McMoRan(米国):206万トン
2位 BHP(オーストラリア):139万トン
3位 Codelco(チリ):135万トン
4位 Anglo American(英国):115万トン
5位 Antofagasta(英国):71万トン
出典:Investing News Network Top 10 Copper - producing Companies
これらの企業は世界各地に鉱山を展開し、日本企業とも深い関係を築いています。それぞれの特徴と日本との関わりを見ていきましょう。
フリーポート・マクモラン(Freeport-McMoRan Inc.)は、米国に本社を置く世界有数の非鉄金属企業であり、2023年には銅の生産量で世界首位となりました。北米や南米にも有力な鉱山を保有していますが、収益の大半はインドネシア・パプア州にある世界最大級の銅・金鉱床、グラスベルグ鉱山に依存しており、この鉱山が同社の総生産量のおよそ4割を占めています。
その一方で、この強い依存体制は同社にとって大きなリスク要因ともなっています。インドネシア政府が進める資源ナショナリズム政策の影響を受け、銅精鉱の現地製錬義務化や利益配分の見直しといった新たな規制が相次いで導入されており、グラスベルグ鉱山を取り巻く事業環境は年々厳しさを増しています。こうした中、同社は柔軟な事業戦略と交渉力を求められる局面が続いています。
オーストラリアに本社を置く世界最大の鉱山会社、BHPグループは、銅やニッケル、カリウムなど幅広い資源を手がけており、脱炭素社会の実現に不可欠な素材の安定供給で世界的な存在感を示しています。中でも銅は同社の中核事業のひとつで、BHPは世界有数の銅生産企業として知られています。
その銅事業の中心に位置づけられているのが、チリ北部にある世界最大級の銅鉱山であるエスコンディーダ鉱山です。この鉱山はBHPが主導し、世界的な資源メジャーであるリオ・ティント(英・豪に本拠を持ち、鉄鉱石やアルミニウムなどを扱う大手鉱業グループ)や、日本のJX金属・三菱商事などが出資する日本企業グループと共同で運営されています。
同社と日本企業との関係は1985年の操業開始当初から続いており、JX金属を中心とする日本側パートナーとの長期的な協力関係が築かれています。近年では「グリーン・イネーブリング・パートナーシップ」のもと、温室効果ガスの排出削減やトレーサビリティの強化といった、持続可能な銅供給体制の構築にも積極的に取り組んでいます。
チリの国営鉱山会社Codelco(コデルコ)は、世界最大の銅生産企業として、長年にわたりチリ経済の柱となってきました。銅輸出は同国の国家財政を支える重要な収入源であり、その動向は国際的にも高い注目を集めています。
近年、Codelcoは老朽化する鉱床への対応と、生産性向上の両立に取り組んでいます。古い鉱山の効率化を進める一方、再開発や技術革新によって生産寿命の延長とコスト低減を図っており、サルバドール銅鉱山の大規模なリニューアル計画もその一環です。あわせて、リモート化や自動化技術の導入、銅の生産履歴を100%追跡できるシステム整備など、環境対応と持続可能な生産体制の構築にも力を入れています。
こうした動きの中、日本企業との協力も進展しています。丸紅はチリ北部の主要鉱山群向けに給水事業を展開し、鉱山操業の安定化を支える役割を担っています。資源開発におけるこうした国際的なパートナーシップは、今後のサステナブルな鉱業の推進においてますます重要性を増していくでしょう。
英国ロンドンに本社を置く老舗鉱業グループ、Anglo American(アングロ・アメリカン)は、1917年の設立以来100年以上の歴史を誇り、現在は世界15カ国で事業を展開するグローバル企業です。金やダイヤモンドを中心に成長してきた同社は、近年では銅、ニッケル、白金族金属、鉄鉱石など幅広い資源の開発にも注力しており、2023年の銅生産量は世界第4位に達しています。
銅事業の主力拠点は南米で、特にチリとペルーに有力な鉱山を展開しています。なかでもペルーのケジャベコ銅鉱山は、日本の三菱商事と共同で開発・運営されており、日本市場への安定した銅供給源として重要な役割を果たしています。この長期的なパートナーシップは、両社の技術やノウハウを活かした効率的な鉱山運営を支えており、安定供給と品質管理の面で高く評価されています。
アントファガスタ(Antofagasta PLC)は、英国に本拠を置きながらチリ国内に特化した事業展開を行う銅専業企業で、2023年の銅生産量は世界第5位の約71万トンに達しました。同社はチリ国内に4つの鉱山を保有・運営し、銅精鉱や銅陰極に加えて副産物の生産も行っています。さらにチリ北部では鉄道・道路による輸送事業も展開しており、主に自社鉱山向けに物流機能を提供しています。
また同社は日本企業の丸紅と共同出資による運営が行われており、鉱山で使用する電力を100%再生可能エネルギーに切り替えるプロジェクトが進められています。この取り組みは、持続可能な鉱山運営を目指すモデルケースとして、業界内外から注目を集めています。
これまで見てきた主要な生産国・企業は、それぞれ異なる強みを持つ一方で、共通して無視できない課題に直面しています。急増する銅の需要に対応するためには、以下のような問題をどのように解決するかが求められます。
銅鉱山業界が抱える最大の課題のひとつが、既存鉱山の老朽化と鉱石品位の低下です。得にチリのような成熟した鉱業国では、長年の採掘により鉱石の銅含有率が下がり、生産コストの上昇が避けられなくなっています。例えば、国営企業Codelcoは老朽鉱山の延命に向けて数十億ドル規模の再開発投資を行っていますが、抜本的な解決には至っていません。
一方で、新たな鉱山の発見も難しくなっています。この10年で探鉱に充てられる予算は大幅に減少し、新規エリアでの発見数は著しく落ち込んでいます。チリやペルーでも、新規開発より既存鉱区の拡張(ブラウンフィールド)に重点が置かれており、業界の将来供給をめぐる懸念が強まっています。
環境規制の強化や地域社会からの反発も、鉱山開発の大きなハードルとなっています。南米・ペルーのラスバンバス鉱山では、トラックの粉じんや騒音に対する抗議から、周辺住民による道路封鎖が繰り返されており、操業開始から現在に至るまで紛争が絶えません。
さらに、環境事故が深刻な影響を及ぼす事例もあります。2025年2月には、ザンビアで中国企業が運営する銅鉱山から有害物質が川に流出し、約70万人に給水停止が命じられる大規模災害が発生しました。こうした事例は、企業にとって環境対応と地域共生の両立が避けて通れない経営課題であることを強く示しています。
銅資源の多くが政情不安定な国に集中する中、地政学リスクへの懸念も高まっています。アフリカ諸国では政変やクーデターのリスクがつきまとい、企業にとって長期的な事業計画を立てにくい環境が続いています。
加えて、資源ナショナリズムの強まりも企業の投資判断を難しくしています。インドネシアの鉱石輸出規制のように、資源保有国が政策変更によって国際市場に大きな影響を与えるケースが増加。日本企業は投資額の大きさやリスクの高さから参入が遅れ、国際競争に出遅れる傾向が目立っています。
世界の銅供給は、少数の国と企業に大きく依存している複雑な構造が明らかになりました。チリの成長鈍化、コンゴ民主共和国の急成長、そして各国の地政学的・社会的リスクは、単なる生産量の変動にとどまらず、銅市場全体に構造的な影響を及ぼしています。
この貴重な資源の安定供給を確保するためには、鉱山の老朽化と品位低下への技術的対応、環境・社会問題への継続的な対話と解決、そして地政学的リスクを踏まえた調達先の多角化が不可欠です。AIやEVの普及によって需要が加速する中、供給側が抱えるこれらの課題をいかに克服し、持続可能な銅サプライチェーンを構築していくかが、今後の世界経済の安定に大きく影響を与えるでしょう。
【出典】
JOGMEC チリの銅資源について(2024年現在)https://mric.jogmec.go.jp/reports/current/20241017/184079/#:~:text=%E3%83%81%E3%83%AA%E3%81%AF%E6%96%91%E5%B2%A9%E5%9E%8B,%E5%8D%A0%E3%82%81%E3%82%8B%EF%BC%88%E5%9B%B31%EF%BC%891%E3%80%82
Fastmarkets “How has the DRC become a powerhouse in the copper industry?”
https://www.fastmarkets.com/insights/how-has-the-drc-become-a-powerhouse-in-the-copper-industry/?gad_source=1&gad_campaignid=22663628760&gbraid=0AAAAABUTniw_4wXxlgfhXIvhEysJnVq-p&gclid=Cj0KCQjwmK_CBhCEARIsAMKwcD6depaNWHU7sgYMoc6wlq8ig0SMeKIbbFxxr2bJJWoUhcaAFSos4IYaAr3GEALw_wcB
三井物産 鉱山大国ペルーで目指す銅の安定供給の基盤づくり
https://www.mitsui.com/corporatebranding/jp/ja/kokorozashi/find360/20/
経済産業省 今後の鉱物資源政策の方向性について
chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shigen_nenryo/pdf/041_04_00.pdf
Africa Defence Forum “Chinese Copper Mine Spill ‘Kills’ River in Zambia”
https://adf-magazine.com/2025/04/chinese-copper-mine-spill-kills-river-in-zambia/
AngloAmerican At a glance
https://www.angloamerican.com/about-us/at-a-glance
丸紅株式会社 「チリ共和国・国営銅公社向け造水・送水事業の長期売水契約に関する融資契約締結ならびに着工について」https://www.marubeni.com/jp/news/2023/release/00036.html
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